株式会社CyberOwl(以下、サイバーアウル)では、今年1月から「マイスト」という取り組みを始めました。これはメンバー一人ひとりが3カ月間の目標を考え、それを達成するための戦略を発表するというもの。日常業務をこなすことから一度離れ、戦略づくりにじっくり頭を使います。
今回は「マイスト」を企画した代表取締役社長・田中啓太に、この取り組みの目的や実施して分かったこと、今後の期待を聞きました。
【プロフィール】
田中啓太:株式会社CyberOwl代表取締役社長。2012年4月に株式会社サイバーエージェントへ新卒入社し、同年10月、インターネット広告事業本部のマネージャーとなる。翌月、株式会社CyberSSの代表取締役に就任。2018年5月に社名を「株式会社CyberOwl」へ変更。2019年10月からは、サイバーエージェントのインターネット広告事業本部統括も兼任。
――「マイスト」の概要を教えてください。
「マイスト」は「マイストラテジー」の略で、“自分自身の戦略”という意味です。
もともと、自分の生い立ちや将来的にどんな仕事をしていたいかを発表する「マイIR」という企画がありました。これの戦略バージョンが「マイスト」で、クォーター(3カ月間)の個人目標の達成計画とか、達成させる上での施策を発表してもらうというものです。
「マイスト」は一日中、朝から晩まで実施します。1人3分間で他のメンバーと僕に向けて発表して、フィードバックを伝え合うのがお昼まで。午後は、経営メンバー含めてチームでブラッシュアップして持ってきてもらいます。
2回目でOKになる場合もあれば、もう少し考えてもらう場合もあって、19時まではとにかく考え尽くす日となっています。
――なぜ一日かけて実施するのでしょうか?
現場のメンバーに、本当の意味で脳に汗をかいてもらいたいからです。普段は一日中タスクをさばいたり必要な連絡をしたりしたら、すごく仕事をやった気になりますよね。でもそれに慣れると、タスクが少ない日は「仕事をしていない」と感じる。そうすると、つい自分じゃなくてもできるような仕事までもさばいてしまうんです。
だからじっくり時間をとって、情報収集をしたり、目標数字をどうやって達成するかを考えたり、今まで考えてこなかったような施策を考えたりして、本当の意味で脳に汗をかくぐらい頭を使ってほしい。
そういう理由から、「マイスト」の日は全員すべてのタスクを断ち切って、朝から発表を聞きあって、僕らボードメンバーはフィードバックをします。このプレゼンとフィードバックを通して、次のクオーター目標を達成する戦略を考えるんです。タスクをこなすだけじゃなくて、戦略を練ることに若いうちから時間を使ってほしいと考えています。
――個人戦略を考えるだけでなく、発表するということも1つのポイントでしょうか。
サイバーアウルは、ビジネス職(総合職)のメンバーの半分以上が内勤です。営業メンバーは5分の1程度なので、多くのメンバーはお客さんに提案する機会がないんですよね。社内で僕や上司に提案することの方が多いので、どこかで慣れが出てくるし、話す内容や資料を完璧に詰められていなくても、ある程度理解してもらえる。でもこの状態は、ビジネススキルの面で少し心配だなと思っていました。
僕も取締役の真島(典哉)も広告代理店で育ってきたので、期限内にわかりやすいアウトプットを作って、限られた時間でお客さまに提案をして話を決めるスキルを身に着けてきました。いわゆる「資料作成能力」と「プレゼン能力」ですね。その経験から考えると、この2つの能力って結局“整理力”があるということ、自分がやりたいことや伝えたいことを整理できるということだと思っています。
上司に提案を持っていくときでも自分の中で整理して、限られた時間内で、重要なことをロジカルに伝えられるかどうか。営業職や経営メンバーだけでなく、内勤のメンバーにもこのビジネススキルを高めてほしいと考えました。
これが「マイスト」を企画した二つ目の理由です。
――OKを出す「マイスト」はどんなものですか?
どれだけ考えられているかがポイントですね。
その人の戦略そのものが正しいか間違っているかは、やってみないと分かりません。だからチームの目標数字や向き合っている課題に対して自分がすべきことを明確にできているか、そして達成するためにいい意味で「心配症」になっているかどうかを見ています。
うまくいきそうな案を1つだけ考えて一発勝負をするのは危険です。「これをやってもうまくいかないんじゃないか?」「これもうまくいかないんじゃないか?」と、いい意味でネガティブに考えるタイミングにしたい。カバーリングを練りに練られているか、クリティカルに解決案が出せているかどうかがOKを出す基準ですね。
僕は「その施策で大丈夫?」「こうなったら大丈夫?」と聞いていく役目で、カバーリングを深掘りさせてもらいます。
――「マイスト」は1度決めたら3カ月間、変更しないのでしょうか。
クォーターの前半が経過した時点で、修正の機会を設けています。「マイストピットイン」と呼んでいるのですが、このときは1カ月半前に決めたマイストに対して、うまくいっていない点を軌道修正し、すぐに再度走り出すのがポイントです。
最初の「マイスト」は成功確率が1%でも上がるように考え尽くしますが、「マイストピットイン」はF1のピットインと同じです。タイヤを替えてすぐに送り出す、確認タイムのようなもの。これはオウンドメディア事業部のメンバーから出た案なんですよ。
――第1回を実施してみて、いかがでしたか。
内勤メンバーのプレゼン能力や資料作成脳能力は、予想よりも高かったです。1人で悶々と考えるわけではなくて、経営メンバーが当日までに一緒に考えを詰めていくので、それも助けになったと思います。さらに磨きがかけられそうな部分はメンバーそれぞれにあったので、今後も期待しています。
――“脳に汗をかくため”の機会として、手応えは大きかったでしょうか。
メンバーから「自分でタスクを作れるようになった」という声が出たのは、期待していたとおりです。戦略を研ぎ澄ますために考えるって、一番しんどいんですよね。タスクをこなすのは、肉体的にはしんどくても精神的な負担が少ない。単純労働で一日を終えられるので、だんだん緊張感もなくなって、楽をしやすくなります。
たいていの会社では、若いうちにタスクをこなすよう求められると思います。もちろんタスクを遂行する能力も大事だけど、それだけだと、タスクをこなすしんどさに埋もれてしまう。
でも、うまくいっていないことに向き合ってじっくり戦略を考えるとか、タスクを見出すことって、3年後、5年後、10年後にできる仕事の幅を広げると思うんです。若い時に「事業を興したい」「経営者になりたい」っていう人は多いんですけど、その中で本当に考え抜くことをやり切れる人がなかなかいないからこそ、事業を立ち上げて成功させられる人が少ないんだと思います。
サイバーアウルの全員に経営者になってほしいと思っているわけではないですが、どういう仕事にもやっぱり「考える能力」は必要だと思います。だから20代や中堅世代のうちに考える癖をつけてほしい。僕も20代前半から考える時間が多かったので。
――考え抜くことを癖づけると、タスクに対する状況分析力も相乗効果で上がりそうです。
まさにそうで、定例会議とかルーティン業務に対して「止める」「決める」「また進める」という切り替えができるようになると思います。「来週のこの日のミーティングをすべてキャンセルしてでも、これを考えよう」という「判断力」ですね。この大胆さを自分で持てるようになれば、戦略や一つひとつのタスクの精度がすごく上がると思います。
僕の場合は、全部のミーティングをキャンセルして思いきって合宿を入れるとか。自分がそのタスクをやることに疑問を抱いたら、棚卸しをしたり、各所を調整していったん止めるんです。タスクをこなす1時間よりも、考える3時間のほうがあっという間に過ぎて、得られるものが大きいこともあります。
――タスクを進めるだけでなく、止めることも大切なんですね。
マネージャーを目指しているメンバーによく言うのですが、自分のマネジメントができない人は他人のマネジメントもできないんですよ。自分自身のタスクコントロールをしたり考えるタイミングをとったりできないままにマネージャーにはなれないんですね。止まるべきときに止まれないので。
だから「マイスト」はマネージャーになる最初の一歩だと思います。自分の戦略の手綱を握って、進めたり修正したりしていく。マネージャーになるとこの手綱が5本になったり、事業責任者になると複数のチームをコントロールしたりするわけです。握る手綱と引っ張り方が変わるだけで、入口は「マイスト」にあると思います。
――今後に期待されていることは何でしょうか?
「マイスト」は3カ月に1回だけなので、一日考え尽くすといってもたかだか8時間くらいです。1カ月に20営業日なので、3カ月で働く500~600時間のうち、たった8時間しかありません。「考え抜く時間」はまだ全体の1~2%にしか満たない。あとの98%はタスクをこなしているわけです。
だから今回の「マイスト」から、メンバーそれぞれが自分で考える比率をどんどん増やしていけるといいなと考えています。最初に決めた「マイスト」は、修正の「マイストピットイン」に向けて毎週ブラッシュアップしますし、「マイスト」以外の取り組みも通して難しい課題に向き合っていけば、考える時間は10%、20%と増えていくはずです。この取り組みをきっかけに、長期的に「考える癖」をつけてほしいと思っています。
社長の田中に続いて、メンバーからの投票で多くの票を集めた2人に、「マイスト」づくりの過程や苦労したことなどをインタビューしました。
【プロフィール】
中村澪:テレビ番組制作会社でのディレクター職を経て、2020年に株式会社CyberOwlへ中途入社。オウンドメディア事業部のプランナー業務に従事し、顧客要望のヒアリングや編集作業を含め、記事制作の最初から実績報告まで一貫して担当している。
【プロフィール】
元吉裕俊:2012年に株式会社サイバーエージェントへ中途入社し、Ameba事業本部で基盤開発やメディア編集に従事。2018年に株式会社CyberOwlへ異動し、オウンドメディア事業部の編集長を務める。
――「マイスト」はどのように考えたのでしょうか?
中村:事業全体の大きな数字目標に対して、自分がどこまでその数字に近づけるかを考えて作っています。案件ごとの目標数字に行き着くためには今何をすべきか、最終日からどんどん逆算して、すべて洗い出しました。
やるべきことをさらに細分化して、それをやるために何を解決する必要があるか、誰の手が必要なのか、一つ一つ見極めていく作業をしましたね。
――その過程で、何か気づきはありましたか?
中村:自分にとって漠然としていた数字というものが、どうやって作り上げられているのか、明確に分かるようになってきました。
今まではある程度タスクが上から降ろされてきて、それをこなしていくことが多かったのですが、「マイスト」を作ることで「この数字を達成するには何が必要なのか」「私は何をするべきなのか」を考えるようになったんです。自分でタスクを作れるようになったことは大きな成長に繋がっていると思います。
元吉:どこの会社でも、“大きな数字目標を個人の仕事に落とし込みにくい”という課題があると思います。「マイスト」という取り組みを通して、この課題を解消したいんです。
「マイスト」達成によって会社の目標達成に近づくことを実感できるし、マネージャーだけでなく、全員が達成までのストーリーを考えて動ければ組織も強くなっていきます。
――「マイスト」づくりで難しく感じたこと、工夫したことはありますか?
中村:考えた施策で本当に達成できるのか、現実性があるのかという判断が難しかったですね。シミュレーションでは目標達成できそうだという試算が出せるのですが、普段携わっているメディア事業は、想定どおりにいくとは限らない世界なので。結局それで本当にうまくいくのかという部分になかなか自信が持てず、苦戦しました。でもサブの打ち手をいくつか考えることで補填するようにはしましたね。
あとサイバーエージェントの文化を参考にして、施策にキャッチーな名前を付けることを意識しました。たとえば週に1回程度やる施策を、曜日を明確にして定着させられるように名づけるとか。
前職ではこういう試みを全然やってこなかったんですが、覚えられる名前をつけることで、自分のなかでも意識を強くさせられたと思います。プレゼンを聞いてくれるほかのメンバーからも好評だったので、今後も続けていくつもりです。
――戦略を考えるだけでなく、発表することでどう感じましたか?
中村:3分間という限られた時間のプレゼンなので、伝える内容の優先順位をもっと明確に考えておくべきだったなと思います。主張したいこと、伝えたいことがたくさんあったので。
あと、自信がなくてささっと早口で話したことも社長には伝わっていて、「そこは繋がっていないんじゃない?」と指摘されました。完全に詰め切れていないと、その甘さを見抜かれますね。綿密に設計する必要があります。
元吉:戦略が甘いと「いざ計画を進めようとしたら全然動けない」という事態に陥ります。そのため、「マイスト」のプレゼンを通して戦略の甘さを修正し、ブラッシュアップすることでやるべきことを明確化させることが大切です。
また、オウンドメディア事業部では、各プランナーがエンジニアなど職種が違うメンバーと一緒に仕事をする機会があります。
そのため、職種や社内外を問わず、自分の考えを伝える能力は重要です。中村さんが言ったように、限られた時間内で他部署のメンバーにも理解してもらえるようなわかりやすい発表をすることで、「整理能力」「伝える能力」が鍛えられると思います。
――ほかの方のプレゼンを聞いて、どう思いましたか?
中村:資料が分かりやすい人もいれば、伝えたいことが分かりやすい人もいて、得意なものはそれぞれ全然違いました。私が一番良かったなと思うのは、同世代のメンバーが何をしているのか、「マイスト」の発表を通じて知れたこと。
サイバーアウルは、メディアコンサル事業などもいろいろやっていますが、普段は進捗共有や結果の報告以外で営業など他部署の仕事について聞くことがなくて。共有内容を聞いても、それがどれほどすごいことなのか、成し遂げるのがどれだけ大変なことなのかがよく分からなかったんです。「マイスト」の発表がその機会になったのはすごく良かったなと思います。
――「マイスト」に取り組んだことで、日常の業務は何か変わりましたか?
中村:正直、「マイスト」として決めた目標を成し遂げるのは本当に大変でした。でも「マイスト」には入れていないような他の業務についても、「マイスト」の考え方は活かせるようになってきましたね。最後のゴールから逆算したり、さらに効率化させるためにどうすればいいのかを考えたりする癖はついてきたと思います。
元吉:「マイスト」は1回決めたら終わりじゃないんです。毎週目標を追っていきますし、修正計画も出します。中村さんはその修正の考え方がうまくなってきたんじゃないかな。以前だったら戦略を立てるための考え方、修正するときの考え方から教える必要があったと思うんですけど、今は考え方の基礎をすでに身に着けていますから。
中村さんだけじゃなくてほかのメンバーも、戦略の精度が上がってきましたね。考えるのがうまくなってくればマネージャーが教えることも少なくなってきます。それも「マイスト」の効用ではないでしょうか。
※2022年7月6日時点